神國(れい) (神國(しんこく)由来(ゆらい))(全集別巻収載)  天保七年以前   玉田(たまた)永教(ながのり)

 

(うやうやしく)(おもんみれ)日本(にほん)(かみ)(くに)なり、神の國と(もうす)は、天地開闢(ひらくる)の時(かみ)(あら)われまします、(これ)

國常(くにつねに)立尊(たつみこと)(もうし)奉る(たてまつる)祭る(まつる)(ところ)伊勢(いせ)外宮(げぐう)(これ)なり、是神(このかみ)より七代(しちだい)(すぎ)て、伊弉諾(いざなぎ)伊弉册尊(いさなみのみこと)

淡路(あわじ)の國磤馭(おのこ)盧嶋(ろしま)にて、天照太(あまてらすおお)御神(みかみ)御誕生(おたんじょう)あれまし(たま)ふ、天照(あまてらす)太神(おおみかみ)高天原(たかまがはら)にて三種(さんしゅ)神器(じんぎ)()(たま)ひ、天津(あまつ)(びこ)火瓊々(ほのにに)杵尊(きのみこと)御授(おんさずけ)当今(とうぎん) 天子(てんし)まて一百(ひゃく)()十六代(じゅうろくだい)(かん)連続(つづ)かせたまふ、(まこと)萬世(ばんせい)無窮(むきゅう)(かみ)(くに)なり、()農工商(のうこうしょう)(みな)是神(これかみ)血脈(けつみゃく)にあらさるなし、神武(じんむ)天皇より廿九代(にじゅうきゅうだい)宣化(せんか)天皇まて、一千一百九十三年(せんひゃくきゅうじゅうさんねん)()()神國(しんこく)いまた外國(とつくに)方便(ほうべん)を知らす、神以(かみもっ)て神に伝えへ、(おう)(もっ)(おう)(つた)ふ、萬民(ばんみん)正直(ますぐ)(ほか)他叓(たじ)なし、今日(いま)(かみ)(くに)に生れ、神の衣服(いふく)着し(ちゃく)、神の(わが)(こく)(くら)ひ、神の家に()て、神の(おん)(ほう)(たてまつ)(こと)不知(しらざる)ものは、(じつ)人面(じんめん)獣心(じゅうしん)なり、儒道(じゅどう)人皇(じんおう)十六代(じゅうろくだい)應神(おうじん)天皇の時、(はじめ)渡り(わたり)来る(きたる)佛法(ぶつぽう)(じん)(ママ)(おう)(さん)十代(じゅうだい)(きん)(めい)天皇十三年冬十月、百済(くだら)聖明(しょうみょう)怒利(どり)斯致(しち)云者(いふもの)使(つかい)として。(はじめ)佛法(ぶつぽう)経巻(きょうかん)(はた)天蓋(てんがい)(たてまつ)る、此時(このじ)(およ)んて蘇我稲目(そがのいなめ)蘇我(そがの)馬子(うまこ)(これ)信仰(しんこう)して、(わが)別荘(しもやしき)(てら)(いとなみ)(この)佛像(ぶつぞう)安置(あんち)す、(これ)日本佛法(ぶつぽう)(はじめ)みて、(その)古跡(こせき)(やまと)の國橘寺(きつじ)是也(これなり)、是より(ひろま)るは、華厳宗(けごんしゅう)法宋(ほつそう)(そう)(しゅう)倶舎宋(くしゃしゅう)(じょう)(じょう)實宋(じつしゅう)三論(さんろん)(しゅう)(とう)なり、(しか)(これ)() 神國の(おきて)にかなわす、(つい)(だん)(めつ)す、(おそれ)より年数(ねんすう)(たち)て、天台宗(てんだいしゅう)真言宗(しんごんしゅう)浄土宗(じょうどしゅう)一向宗(いっこうしゅう)禅宗(ぜんしゅう)日蓮宗(にちれんしゅう)追々(おいおい)(ひろ)まる、(しか)れとも、祖師(そし)(おきて)(そむ)邪欲(じゃよく)出家(しゅっけ)は、神の國に住居(じゅうきょ)する(こと)(わきま)へす、(あまつ)さへ、(おの)神脈(しんみゃく)血脈(けつみゃく)たる(こと)をしらす、利欲(りよく)(むさぼ)らんかため、世間(せけん)(ひと)誑惑(きょうわく)す、哀哉(かなしいかな)(とき)(ひと)謀計(こと)をしらす、(ただ)唯一(ゆいいつ)宗源(しゅうげん)は神の正道(せいどう)にして、五十鈴(いすず)霊音(れいおん)を以て、(しん)(こく)言語(げんご)(あき)らかにす、萬物(ばんぶつ)幽顕(ゆうけん)()(とお)らさる(こと)なし、正直(ますぐ)(もっ)(こころ)とし、明鏡(めいきょう)を以て(すがた)とす、(うま)ては(すなは)神明(しんめい)(おん)(たく)(こうむ)(たてまつり)、死しては則チ(みたま)上天(じょうてん)御舎(みあらか)()す、(こいねがわく)又々(またまた)神明(しんめい)冥助(みょうじょ)(よつ)て、(しょう)を神國の()んもの(なり)(あに)外國(とつくに)(ママ)(こと)(ねがわ)んや、(かるがゆえ)太諄辭(ふとのつと)に日、一ツ心(ひとつこころ)(みなもと)(きよ)らかにして、神代の法を(あがめ)正直(ますぐ)根元(もと)()て、邪曲(よこしま)末法(のり)(すて)、今宗源(そうげん)なる(ぎょう)(ねが)者也(ものなり)と、敬白(うやまってもう)す、

文政四年辛巳(しんし)五月五日(りょう)

 

 

用語解説

 

神國令 = 原本は半紙七枚に書かれ、表紙に“神國令、藤井元助用之”と記してある。すべて他人の筆写であろう。著者名が書いてないが冒頭の文句により玉田永教著“神國由来”であることがわかる。多分この名称は共に用いたか、或いは後に改名したかであろう。著述年月は不明、文末の年月日は筆写の年月と思われる。

三種の神器 = 皇位の標識として歴代の天皇が受け継がれた三つの宝物。鑑と玉と剣。

当今 = 今上天皇。当代の天皇のこと。

叓 = 事に同じ。

吾穀 = 五穀。

橘寺 = 橘寺は現在奈良県高市郡にある。聖徳太子の創建と称せられる天台宗の寺院。

誑惑 = うそを言ってまどわす。

五十鈴の霊音 = 五十鈴川、伊勢の大神宮をさす。

幽顕 = 幽は死後の世界。あの世をさし、顕は現実の世界、この世をさす。

太諄辭 = 太祝詞。祝詞の美称。

 

 

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